2007年 1月28日  ヨシュア記 1章1−4、9節

                   <信仰の足を踏み出す>


イスラエルの民は出エジプトした後、40年間荒野をさまよい、指導者モーセが亡くなり、後継者はヨシュアになりました。このヨシュア記では、ヨシュア率いるイスラエルの民が、神様の約束の地カナンに入っていく様子が書かれています。

今までの荒野の(忍耐と訓練の)時代から、占領の歩み(信仰の踏み出しをして神様の約束の成就を受け取って行く)時代へと、はっきりと「時」が変わったのです。
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ちなみに、3節には、次の様に書かれています。
「あなたがたが足の裏で踏む所はことごとく、わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたに与えている。」
・・・・・ここでいう「与えている」は完了形です。・・・・・つまり、「すでにあなたがたは、それを手にしている。」という事です。

しかし、実際にその約束の地を得る為には、彼らは、神様の言葉に立って、信仰の足を踏み出し、信仰の足でどんどん踏み込んで行く必要がありました。そのようにして行く中で、彼らは神様の約束の成就に預かる事ができました。・・・・・私達においても、神様の約束の言葉を握り、信仰の足を踏み出して、一歩一歩前進して行きましょう。その中で、神様が約束の成就を現わして下さいます。

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ところで、カナンの地に踏み込んで行く時、様々な問題・ぶつかり・恐れてしまうような出来事も許されました。・・・・・ですから、神様は初めに、ヨシュアに次の様に語り、励まして下さいました。

「わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」(9節)

また、7,8節にあるように、「律法を守り行い、昼も夜もそれを口ずさめ」・・・・・つまり、これを今の私達に当てはめて考えてみるならば、「(聖書を土台とする)神様の言葉を守り行い、いつも神様の御言葉にとどまり、神様の御言葉を告白して歩みなさい」という事になるでしょう。

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神様は、皆さんの前に、今働きの道を大きく開いて下さっています。ところがその道を歩む上で、様々なぶつかりが許されることもあるでしょう。・・・・・・しかし、私達は、いつも共におられる主に信頼し、主の真実な約束の言葉をしっかりと握り・告白し、主に聞き従って信仰の足を一歩一歩踏み進めて行きましょう。その中で、神様は、私達の上にも、約束の成就を力強く現わして下さいます。