2007年 1月7日  ヨハネの福音書 15章1−7節

               <神の言葉にとどまる時、現われる勝利>


この箇所では、天の父なる神様がぶどう畑の農夫。そしてイエス様がぶどうの木。私達一人一人はぶどうの木の枝として、たとえられています。

ぶどうの枝が、もし、ぶどうの木についていなければ、枯れてしまい、実を結ぶ事が出来ません。・・・・・それと同じように、私達が、もしイエス様にとどまっていなければ、力を失ってしまい、実を結ぶ事が出来ません。

しかし、私達が、イエス様にとどまり、イエス(神)様の言葉が私達の内にとどまるならば、・・・・・多くの実を結ぶと共に、私達の願い(=主の御心にかなう願い)は何でもかなえられると書かれています。(5,7節)

ですから、私達はいつも、主イエス様にしっかりととどまり、また、主イエス(神)様の御言葉にしっかりととどまり続けていきましょう。


ちなみに、聖書では、教会は「キリストの体」。私達一人一人は、その「各器官」であるとも書かれています。(第一コリント12章27節)

ですから、私達は、個人としてイエス様との交わりをしっかりと持つと共に、キリストのみからだなる教会にしっかりとつながり、教会を通して主イエス様との交わりを持つという両方の面がとても大切です。・・・・・そして、聖書を土台とした主の言葉にしっかりととどまり、主に従って行く時に、主は、私達の上に、豊かな恵みと勝利を現わして下さいます。