2007年 4月29日 ローマ人への手紙 10章11節
< 主にゆだねる 恵みの歩み >
「聖書はこう言っています。『彼に信頼する者は、失望させられることがない。』」(ローマ人への手紙 10章11節)
ここで言う「彼」とは、生ける真の神であられるイエス・キリストの事です。また、原語のギリシャ語では、「失望させられることがない。」の前に、「すべて」という意味の言葉が使われています。ですから、・・・・・「イエス・キリストに信頼する者は、すべて、失望させられることがない。」という事になります。
さて、主に信頼するとは、「主にゆだねる」とも言いかえる事が出来ますが、・・・・・私達は具体的にどのようにしたら、「主に信頼」し、「主にゆだね」て歩む事が出来るでしょうか?!・・・・・色々な方法があると思いますが、今日はその中で、次の3つのポイントで見て行きましょう。
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@ 祈る事を通して
突然ですが、「拝」という漢字に、ちょっと注目してみましょう。・・・・・これは、「手偏」に「手」と書きますが、右手と左手という異なった物を一つに合わせると「拝」になります。・・・・・私達は、両手を合わせて祈りの姿勢を持ち、神様への祈りと礼拝を捧げます。・・・・・私達は、一つ一つの事柄を、祈りの中で、神様にゆだねる事が出来ます。・・・・・その時、主は、私達の為に、最善をなして下さいます。
ちなみに、日本語の返事の「はい」は、この「拝」から生まれました。
ところで、英語の場合は、・・・・・どこまで行っても、「イエス」は「イエス」。「ノー」は「ノー」です。/ それに対して、日本語の場合は、「はい」は、「イエス」も「ノー」も兼ねるので、不思議ですね。(例: 「はい。そうではありません。」等。)
また、聖書に、「キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし・・・」(エペソ2:14)。「敵意は十字架によって葬り去られました。」(エペソ2:16)とあるように、・・・・・イエス・キリストは、どのように相反するものさえも、二つの物を一つとし、祝福にかえる事がお出来になるお方です。
ですから、私達は、あらゆる場合に、両手を合わせて主に祈り、「はい(拝)。私は、あなたが、この事に最善の解決を与えて下さる事を信じます。」と言って、主にゆだねつつ歩んで行きましょう。
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A 御言葉に立つ事を通して
箴言16章20節には、次のように書かれています。
「みことばに心を留める者は幸いを見つける。主に拠り頼む者は幸いである。」
聖書の御言葉(神様の真実な約束の言葉)に心を留める事は、主に拠り頼む(信頼する)事です。・・・・・私達が、御言葉に心を留めて、いつも御言葉にしっかりと立っている時、この御言葉にあるように、私達の上に、神様からの祝福が注がれます。
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B 感謝する事を通して
聖書には、全ての事を神様に感謝するようにと、書かれています。(第一テサロニケ5:18)
何故ならば、神様は私達一人一人を愛しておられ、私達のために、いつも最善の物を備えておられ、また全ての事を働かせて益とする事がお出来になるお方だからです。
(ローマ8:28)(第一テモテ4:4)
あらゆる場合に、神様に感謝を捧げる事は、神様の主権を認め、神様への信頼の表明となります。そして、感謝という信仰の行ないを通して、神様ご自身が全能の御手を動かして、私達の上に、驚くべき祝福と奇跡を現わして下さいます。
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主に信頼する者は、失望させられる事がありません。ですから、私達は、いつも主に祈り、真実な神様の御言葉にしっかりと立ち、全ての事を主に感謝して、一つ一つの事柄を主におゆだねしつつ、日々、歩んでまいりましょう!