2007年 10月7日 ルカの福音書 18章1−8節
< 主に向かって、祈りの手を上げ続けよう >
@ このルカの18章1−8節には、「どんな時にも失望することなく、熱心に祈り求め続ける事の大切さ」について、書かれています。その事を、イエス様は、以下のようなたとえ話をもって、私達に教えて下さいました。
・「ある町に、神を恐れず、人を人とも思わない裁判官がいた。その町に、ひとりのやもめがいたが、彼の所にやって来ては、『私の相手をさばいて、私を守って下さい。』と言っていた。・・・・・初めの内は、彼は取り合わないでいたが、・・・・・しかし、彼女があまりにもしつこく、彼の所にやって来て裁判の要求をし続けるので、・・・・・"さすがの裁判官"も、ついに根負けしてしまい、彼女の為に裁判をしてあげる事にした。」
・「このような裁判官でさえ、熱心に裁判を求め続ける彼女の要求を、ついには、聞いてあげた。・・・・・ましてや、神様は、夜も昼も熱心に神様に叫び求め続けている民の声を、聞いて下さらないわけがあろうか・・・・・。」という内容です。
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・(直接的には、これは、終末の時代の困難な状況の中で、神の民が、真実な神様に、神様の正しい裁きをして下さるようにと、叫び求めている箇所という流れで、書かれている御言葉ですが、)・・・・・この、「いつでも祈るべきであり、失望してはならない」という事は、私達の、日々の歩みにおいても、とても重要な事だと思います。
・そして、(8節)には、「しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか。」とあります。・・・・・つまり、「終わりの時には、失望し、信仰を失う人々が多く出るので、気をつけていなさい。どんな時にも、神様を信じ、信仰をもって神様に祈り求め続けて行きなさい。」という事を、私達に教えて下さっています。
ですから、私達は、いつも、神様に信頼し期待し、信仰による祈りの手を上げ続けて行きましょう!
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A 祈りの手を上げ続ける事の大切さ (出エジプト 17章8−13節)
ここでは、イスラエルの民と、それに敵対するアマレク人が闘う場面が書かれています。
指導者のモーセは、部下のヨシュアに、幾人かの者達と共に出ていって、アマレク人達と戦うように、指示しました。
そして、モーセは、アロンとフルと共に、丘の頂きに登り、とりなしのお祈りをする事になりました。
それで、11節には、「モ−セが手を上げているときは、イスラエルが優勢になり、手を降ろしているときは、アマレクが優勢になった。」とあります。
ここでいう、「手を上げているとき」とは・・・・・、「祈りの為に、心を天へ。。。神様の方へしっかりと向ける事」を意味しています。
ですからつまり・・・・・、「モ−セがしっかりと祈りの手を上げて、神様に、とりなしのお祈りをしている時には、その祈りを通して、神様が、イスラエルの上に、助けと力を現わして下さった。/ 一方、モーセが疲れてきて、祈りの手が次第に下がり、祈りが弱くなった時には、敵軍が、幅をきかせて優勢になった。」というわけです。
この箇所から、私達は、常に神様に心をしっかりと向けて、信仰に立って祈り続けていく事の重要性を、学ぶ事ができると思います。
神様は、私達に、「祈り」という恵みを与えて下さいました。・・・・・私達が神様を信じ、イエス・キリストの力ある御名によって、神様に、一つ一つの事柄を、心からお祈りして行く時、神様は、私達の祈りに真実なる恵みをもって答えて下さいます。
ですから、私達は、今日御一緒に学んだように、どんな時にも決して失望することなく、神様に信頼し、神様にしっかりと心を向けて、信仰に立って祈りの手を上げ続けて行きましょう!・・・・・その時、神様は、私達の祈りを通して、御自身の全能の御手を動かして下さり、神の最善の助けと勝利を現わして下さいます。