2007年 11月11日   詩篇 22篇3節

                   < 感謝と賛美の力 >


 本日は、詩篇22篇3節をポイントとして、「感謝と賛美の力」というテーマで、御一緒に見てまいりましょう。

 まず、この詩篇22篇は、「メシヤの受難と救いの詩」と呼ばれて来ました。・・・・・その理由は、十字架上でのイエス・キリストの叫び(マタイ27:46、マルコ15:34)が、この詩篇22篇の1節から引用されているため。また、その他にも、福音書において、イエス・キリストの受難の記事とぴったり重なる点があるためです。(7節とマルコ15:29、8節とマタイ27:43、18節とマタイ27:35等。)


(1、2節) 詩人は、自分が置かれた、あまりの苦しみの状態の中で、神様から見捨てられたように感じました。・・・・・しかし、そのような中でも、「わが神、わが神。」と、うめき、叫びました。・・・・・そこには、苦しみの中でも、最も深い所で神様に信頼する、詩人の、神様への深い信仰が伺われます。そして・・・・・、3−5節では、詩人は、・・・・・これまでのイスラエルの歴史を振り返り、神様に信頼したイスラエルの人々の上に、神様が、素晴らしい救いの御わざをなされた事を、語ります。



(3節) 「けれども、あなたは聖であられ、イスラエルの賛美を住まいとしておられます。」

・「聖」=(へブル語で、「カードーシュ」)

・「イスラエルの賛美を住まいとしておられます」=全ての物から超越した、この偉大なる神様は、イスラエルの民の賛美の中に住まわれ、彼らの賛美を、最大の喜びとされる、の意。

※イスラエルの民=直接的には、イスラエル民族ですが・・・・・、広い意味で、神様を信じる人々、すなわち、クリスチャン(=霊的イスラエル)の事をも含む。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 @ 私達においても、日々歩んで行く中で、様々な困難な事柄が許される事があるかもしれませんが、そのような時にこそ、神様への感謝と賛美を捧げ、神様にいつも信頼して、歩んで行きましょう。・・・・・その時、神様は、私達の上にも、最善の助けを現わして下さいます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

A また、今、私達の群れでは、「賛美隊」という事が、神様から語られています。「賛美隊」とは、「ただ単に、歌を歌う人達」という事ではなく、・・・・・「神様に、真に礼拝を捧げる」人々の事です。

・「真の礼拝者」とは・・・・・、ヨハネ4章23,24節にあるように、神様を、「霊とまことによって礼拝」する人々の事です。

・「霊とまことによって礼拝する」とは・・・・・、(儀式的や即物的にではなく、)霊によって、真の生ける交わりをもって、神様を礼拝する事。そして、「まこと」(=イエス・キリストによる神の啓示(福音)を、究極の真理として、心にしっかりと受け入れること)をもって、心から神様を礼拝する事です。



 ところで、人間は、「霊・魂・体」で、成っています。・・・・・「体」=肉体の事。/ 「魂」=知・情・意。思索や感情。/ 「霊」=神様と交わる所。・・・・・ちなみに、人類始祖のアダムとエバが、神様の前に罪を犯して以来、人間に罪が入りました。そして、罪のゆえに、霊は「死んだ」状態になってしまいました。・・・・・しかし、人が、自分の罪を悔い改め、イエス・キリストを自分の救い主として信じるならば、(霊が)新しく生まれ変わり、永遠の命を頂く事が出来、再び、神様との交わりが持てるようになります。

 ですから、もしあなたが、まだイエス様を信じておられないとしたら・・・・・、ぜひ、今、イエス様をあなたの救い主として信じましょう!


 そして、いつも、私達のために最善を備えて下さっている神様に、全き信頼を置いて・・・・・、神様にいつも感謝と賛美を捧げ、「真の礼拝者」として、いつも神様を心からほめたたえつつ、歩んで行きましょう!・・・・・その中で、神様は、今年度も、皆さんお一人お一人の上に、素晴らしい恵みの御業を、豊かに現わして下さいます!