2007年 9月30日   へブル人への手紙 4章16節

               < 主の恵みの御座に、大胆に近づこう! >

 かつて、モーセの後継者ヨシュアは、イスラエルの民を率いて約束の地カナンに入りましたが、それは地上における安息であり、神様が与えて下さる霊の安息ではありませんでした。・・・・・私達においては、キリストによって与えられる、天における霊的な安息に、ぜひ、預かりたいものです。・・・・・私達が、福音のメッセージを信仰を持って聞き、その信仰を終わりまで持ち続ける時、私達は、その安息に入る事が出来ます。この、神様が与えてくださる安息を受けるように。。。。。という事が、この4章には書かれています。

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そして、今日の16節には、

「ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。」とあります。

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@ アダムとエバが、神様に背いて以来、人類に罪が入りました。聖書では、人は皆、神様の前では、罪人であると書かれています。
  
   罪ある人間は、そのままでは、聖なる神様の前に出る事は出来ません。そして、罪があると、さばきがあり、その結果は、死後永遠の滅び(地獄行き)です。

 しかし、憐れみ深い天の父なる神様は、私達を、その罪と永遠の滅びから救い出す為に、愛する一人子のイエス・キリストを、救い主として遣わして下さいました。

 イエス・キリストは、私達の身代わりとなって十字架にかかって下さり・・・・・、(本来は、私達が自分で負わねばならなかった筈の、)私達一人一人の罪の罰を、すべてその身に、負って下さいました。

 そして、イエス・キリストは、十字架で死なれましたが、死を打ち破り、3日目によみがえられました。

  ですから、どなたであっても・・・・・、ご自分の罪を悔い改め、このイエス・キリストをご自分の救い主として信じるならば、恵みによって全ての罪が赦(ゆる)されて、永遠の命(=永遠に、神様との生ける交わりの中にある命。)(=死後は、天国に入る事が出来る)を頂く事が出来ます。


 もし、あなたが、まだイエス・キリストを救い主として信じておられなかったとしたら・・・・・、ぜひ、今、信じましょう!

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A  また、私達がイエス様を信じると・・・・・、(罪の故に、これまで断絶されていたけれど、)恵みによって、神様との交わりが、持てるようになります。

 ちなみに、(マタイ27章51節)には、イエス様の十字架の直後に起こった出来事が記されています。
「神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。」

 これは、どういう意味があるのかと言うと・・・・・、

 昔(旧約時代)、神殿には、聖所と至聖所という場所があり、「至聖所」とは、"聖なる神様の臨在の場所"でした。
しかし、この聖所と至聖所の間には、分厚い大きな垂れ幕がかかっていて・・・・・、この至聖所には、大祭司だけが、それも年に1度しか入れませんでした。

 その垂れ幕が「上から下まで真二つに裂けた」という事は・・・・・、神様御自身が、上より下へ、その垂れ幕を裂いて下さり、・・・・・イエス・キリストの十字架の贖(あがな)いを通して・・・・・、私達が、聖なる神様の所へ、いつでも自由に近づく事が出来るようにして下さったという事を意味しています。

 こういうわけで、私達は、イエス・キリストによって、いつでも、父なる神様のみもとに近づく事が出来るのです。・・・・・神様が下さった、この大きな恵みを、いつもフルに生かして行きましょう。


 私達は、どのような場合にも、主イエス・キリストを信じ、イエス様の御名によって祈り、折りにかなった助けを頂く為に、大胆に神様の恵みの御座に近づいて行きましょう!!