2007年 9月9日   マルコの福音書 10章46−52節

              < あなたの信仰が あなたを救ったのです >


 イエス様と弟子達は、エルサレムへ向かって旅を続けていましたが、エリコという町を出ると、道端にバルテマイという盲人のこじきの男性が座っていました。ところが、彼は、「イエス様だ」と聞くと・・・・・「ダビデの子のイエス様。私をあわれんで下さい。」と叫び始めました。

 そこで、(イエス様をあまり煩わせないように、との配慮からだと思われますが、)周囲の人々は、彼を黙らせようと、多勢でたしなめました。しかし、彼はますます、イエス様へ向かって叫び立てました。

 すると・・・・・、彼の切なる叫びは、イエス様に届いたのです。イエス様が、「あの人を呼んで来なさい。」とおっしゃいましたので、周囲の者達は、バルテマイにその旨を伝えました。・・・・・すると、彼は急いでイエス様の所にやって来ました。

 そこで、イエス様は、彼にこうおっしゃいました。「わたしに何をしてほしいのか。」・・・・・ちなみに、イエス様は、ここでわざわざ彼に質問しなくても、彼が何を願っていたのかを既に御存知だった筈です。・・・・・しかし、あえてこのようにおっしゃったのは・・・・・、彼の真の心の願いをはっきりとさせて、彼の信仰をより強く引出すためだったと考えられます。

・・・・・その結果、バルテマイは、イエス様に、次の様に申し上げました。「先生。目が見えるようになることです。」

 すると・・・・・、イエス様は、こうおっしゃいました。「さあ、行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです。」・・・・・すると、彼はすぐに目が見えるようになり、イエス様の行かれる所へついて行きました。


 ちなみに、彼の目を癒して、暗闇の状態から救って下さったのは、「イエス様」です。・・・・・ところが、イエス様は彼に、「あなたの信仰があなたを救った」とおっしゃいました。・・・・・これは、一体、どういう意味なのでしょうか?!

 これは、・・・・・「あなたの信仰を通して、イエス様(神様)が働いて下さり、あなたは救われた(癒された)」という事です。・・・・・神様は、私達の信仰を通して働かれますので、私達が「信仰に立っているか、否か?!」という事は、神様からの恵みを受ける上で、とても重要なことです。

 ところで、原文のギリシャ語では、「信仰」とは「ピストス」と言います。・・・・・「信仰とは、神様(=イエス様)に信頼する事。」また、「神の言葉に信頼する事。」です。・・・・・ちなみに、「神の言葉」とは、基本的には聖書の言葉。/ そして、さらには、神様からの示し。(=しっかりと吟味し、神様からのものとはっきりと確認されたもの)の事です。

 私達においても、一つ一つの状況において、しっかりと信仰に立って歩んで行きましょう。・・・・・すなわち、いつも、しっかりとイエス様(神様)に信頼し、神様の言葉に立ち、信仰に立って、心の真の願いを、イエス様(神様)に祈り・叫び・求めて行きましょう。その時、イエス様は、私達の切なる願いに、真実な恵みを持って答えて下さいます。