<三度も祝って頂いた誕生日>

  一月十七日は、私の満九十七歳の誕生日です。爽やかな目覚めでした。
 何時ものようにお祈りと聖書の拝読を終えて部屋を出ると、息子と嫁が次々に、
 お誕生日おめでとうと声をかけてくれました。
 喜びのうちに朝食をすませ部屋に居ると、息子が包みを持ってきて呉れました。
 開いて見ますと、み言葉のカードを添えた暖かそうなセーターでした。
 まあ!と思うとぢいんと涙の出る思いでした。
 常々行き届いた世話をしての上にこの様にしてくれるのです。
 繰り返しみ言葉を拝読し、お礼を言いに行ってセーターを着て見て貰いました。
 初春らしい良い柄でよく似合うといってくれました。み言葉は

   何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、
   神はその願いを聞いてくださるということ、
   これこそ神に対する私たちの確信です。
   私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、
   すでにかなえられたと知るのです。  (Tヨハネ5:14,15)

 神への確信のみ言葉です。有難く頂きました。

  午後には孫の洋子が帰ってきて、お小遣いにみ言葉を添えて祝ってくれました。
 大きな喜びです。洋子を通して与えられたみ言葉は

    あなたの神、主は、あなたのただ中におられる。
    救いの勇士だ。
    主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、
    その愛によって安らぎを与える。
    主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる。  (ゼパニヤ3:17)

 主がいつでも私のただ中にいて励まして下さり、私のしている事を見て喜んで下さり、
 声高らかに私と共に歌って下さる。という慈しみ深いみ心の身にしむみ言葉でした。

  夜は皆でご馳走を食べ、嫁の手作りのケーキに灯をつけ皆でハッピーバースデイツーユー
 の歌を歌い祝ってくれました。私には初めてのことでした。 

  その後、嫁の姉の治子さんからお祝いのみ言葉を電話で送ってくれました。それは

    愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、
    また健康であるように祈ります。 (Vヨハネ2)

 でした。お姉様らしいみ言葉でした。何と言う幸せでしょう、本当に最高の喜びの一日でした。

  十六日には、十七日はデイケアへ行かない私のために、
 園長さんは1日早い誕生日を祝って下さいました。
 おやつの時間に皆で幸せなら手をたたこうの歌を歌って最高の雰囲気になった時、
 お友達の桑原さんが写真を、相原さんが雲間草という可愛い花を贈って下さり、
 園長さんのギターの伴奏でお祝いの歌を歌って皆で祝って下さいました。
 私もお礼のあいさつをしました。
 その時、園長さんは池田さんから今日を記念してこのみ言葉を頂きました。
 よく見えるところに貼って毎日皆で読みましょう。と一番よく見える所にに貼って下さいました。
 そのみ言葉は

    いつも喜んでいなさい。
    絶えず祈りなさい。
    すべての事について、感謝しなさい。  (Tテサロニケ5:16〜18)

 でした。デイケアでも皆さん心から祝って下さいました。

  十八日は日曜礼拝の日でした。
 教会へ行くなり牧師からお祝いの品を頂き、礼拝の途中時間を割いて
 私の九十七歳の誕生日のことを紹介して皆さんで祝って下さいました。
 大変うれしく感謝の言葉をのべました。
 牧師を通しても神様からの有難いみ言葉を頂きました。

    主を待ち望む者は新しく力を得、
    鷲のように翼をかって上ることができる。
    走ってもたゆまず、歩いても疲れない。  (イザヤ40:31)

 何という力強いみ言葉でしょう。

  今年は三度もそれぞれの場所で誕生日を祝って頂きました。大きな大きな神様のお恵みです。
 一年間信仰の証しを書かせて頂きました神様からの恵みによるご褒美であったのかもしれません。
 このことにより神様への確信を得ました。感謝いっぱいの気持ちです。
 皆様を通して頂きました神様のみ言葉を指針として、
 これからも信仰を深め感謝の日々を送りたいと存じます。




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